仕事か趣味か

今日ある人に会ってきた。数年前に退職された人で仕事ではお世話になり、在職中から退職後も気にかけていただいている、これはありがたいことだと思う。定年まで、5年を切った僕としては、この後どうしたいのかを聞かれた。

年金だけで遊んでいられないのはわかっている日々の生活精いっぱいだろう。定年後5年間は国民年金は支給されない、またそれも先延ばしになるだろうってこともわかっている。定年後に、会社が再雇用する制度も法制化されていることも知っている。

今の僕にとって、仕事ははっきり言ってしんどい。仕事が楽しかった時代はとうに終わり、今は苦痛でしかない。そんななかで回路をいじっている、解析しているときは時を忘れ仕事でも趣味でも没頭してしまう。没頭して進めているときは、いつまでもこの状態続けば幸せだろうなと思う。しかし、今の仕事(いままでも同じだが)先の見えない仕事というのは、今はつらい。企業による商品化や開発の期間は長い、それゆえ、いつまでやったら終われるの?今日はどこまでやってれば終われるの?、そういった疑問は常にあった。それが、最近とてもつらい。

時短で(働き方改悪で)早めに帰れるようになったからと言って、業務ボリュームが減ったわけではないから帰り間際のやり残し感、その日何やってたんだっけ感が著しくひどい。やり残し感がひどいのに、長く会社にいるとどっかのバカ上司がなんか仕事持ってくるんじゃねーかと危惧して疑心暗鬼して、定時退社日などは、人より早く職場から逃げるように帰るこんな生活はもういやだ。こんな中で、好きな仕事続けたいならどうよって、議論がおかしい。続けたくない、こんな状態だったら。

趣味でも回路をいじるが、仕事と趣味の違いって何だろう。たくさんあるが、僕は、アウトプットを自分で変えられる、ということではないかと思っている。仕事で同じようなことを目的に始めたとしても、アウトプットは決められたレイルの中で固定だ。もちろんできないときもあり、それは結果として発生する。また、アウトプットは周辺の環境や会社事業、時の流れによって自分の意志とは無関係に容易に変えられてしまう。

一方趣味はどうだ、アウトプット同じに設定しても、自分の中で決めたアウトプットを途中で都合よく変えることはあっても自分の意思だ。またある程度やって興味がなくなればやめてもいい、またある程度やって見極めたら、別のことに時間を割いてもいい。回路図を書いても、書き方に難癖付けてるどっかのバカもいねーし、立派な仕様書を作る必要もない。

しかし、趣味と仕事もやっていることは同じだ、ICのデータシートを調べたり、計算したり回路を描いたり図面を作ったり。。何も変わらない。文書化もするが、適度に自分のためにやるだけだ。

とにかく、行動や書き方や、くだらねーツッコミにもう、うんざりだ!

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だから、この後どうしたいの?と聞かれて、仕事はやりたくない。回路を作るのはいいとしても仕事としてはやりたくない、はっきりといった。この考え数年前から持っているが、定年間際になったら変わるかもな?先のことはわからんからな。

会社の中で、いろんなことが自分の考えとは逆に回ってるな、、と思い始めたのは、15年ぐらい前だろうか、その回転速度は、特に最近は非常に加速しているように感じる。

この先どうなっていくのか、会社が、世間が、、、ではなく、自分が、だ。非常に不安ではある。

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もう一つ大きなことがある。仕事は好きだったが、メリハリをもって生活していた。福利厚生の手厚い会社だったから、休みをまとめて多くとることが許されていた(ある程度文句も言えた)から、年に数度のバイクツーリングに出られた。回路は好きだが、それを定年後の仕事にしたら、きっとしんどいよ。遊んでいられない、好きなバイクに乗ることもできないなんて、想像しただけでもクソ過ぎて吐き気がする。

かといって、年金生活でツーリングなんて夢だろう?そんなこと知ってるさ。だから悩んで書いてるのさ。

だったら、定年まで、再雇用もさせてもらって、もうすまんこんといてくれっと言われるまで、しがみついて、年休を使ってバイクツーリングにいそしむってのはどうだろうか、それも選択肢としてはあるな。